top of page

論文紹介

​Introduce

my paper

筆頭論文紹介ページです。リンクも付けています。

K. Yamagami, et al., 
"4f electron temperature driven ultrafast electron localization"
Phys. Rev. Research, 
6, 023099 (2024).
https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.6.023099

 周期表の第6周期, 第3族に属するランタノイド元素が示す価数転移は、強相関電子系の代表的な物理現象の1つです。本現象は、フェルミ準位近傍に存在する、ランタノイドイオンの局在電子である4f電子に関する準安定な電子状態の理解が重要です。本研究は、EuNi2(Si0.21Ge0.79)2のEuイオンが示す2価と3価の間の価数転移を引き起こす4f電子の超高速時間変化を軟X線吸収分光法の時間変化測定によって明らかにしました。本手法は可視光励起レーザーと軟X線自由電子レーザーを組み合わせることで、価数転移に関係する光励起後の電子を反映する準安定な電子状態を追跡することができます。

 実験は100フェムト秒の超短パルス軟X線レーザーを用いて行いましt。その結果、可視光励起レーザーの励起強度が高くなるに従って、500フェムト秒領域にEuイオンがより3価へ変化する振る舞いを観測しました。さらに、可視光励起レーザーと軟X線自由電子レーザー間の時間差を500フェムト秒に固定し、軟X線の入射エネルギーを掃引することで、Euイオンの局在電子状態を反映する軟X線吸収スペクトルの測定に成功しました。この結果をモデル計算と比較することで、Eu 4f電子の準安定状態に関するエネルギー準位とその占有率の定量評価を行いました。その結果、特に、大きな全角運動量を持つ3価のEu 4f電子状態が実現し、これは光励起特有の電子状態であることが明らかになりました。大きな角運動量を持つランタノイドイオンの存在は超高速光磁化反転の分野でも注目されており、本測定から、光励起による価数転移に関連する準安定な4f電子状態の理解に加えて、スピントロニクス研究において、巨大な光励起磁気スイッチングなどの超高速操作を目指す際の、電子構造に関する重要な指針を得ました。

 本研究は東京大学 物性研究所のNews LetterOptonics onlineなどでも取り上げられました。

K. Yamagami, et al., 
Enhanced d-p hybridization intertwined with anomalous ground state formation in the van der Waals itinerant magnet Fe5GeTe2
Phys. Rev. B 106, 045137 (2022).
https://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.106.045137
図1.jpg

 2021年に報告した論文[K. Yamagami, et al., Phys. Rev. B 103. L060403 (2021).]では、磁性元素のFe 3d軌道と混成している非磁性元素のTe 5p電子のスピン偏極状態がファンデルワールス強磁性金属Fe5GeTe2の室温強磁性に重要な役割を担っていることを軟X線磁気円二色性(XMCD)を用いて分光的に明らかにしてきました。本研究ではこのXMCDの温度依存性を調べることで "Fe 3d-Te 5p混成強度は低温にかけて増大する" ことを実験的に明らかにしました。この発見はXMCD磁気総和則というXMCDスペクトルの解析手法として広く知られている手法をFe 3dだけでなく微弱な信号であるにもかかわらず高い統計精度で検出されたTe 5pにも適用することで実験的に裏付けることができました。Te 5p電子状態に由来する微弱な信号を統計精度よく観測できたのは日本の放射光施設SPring-8 BL23SUに備わっているXMCD装置のおかげです。

 金属中の強磁性は"フェルミ準位近傍に存在する磁性元素の局在的な電子"によって生まれます。そのため、混成の増大は磁性の元となるスピンを揺さぶり、強磁性状態をより不安定化させます。今回の結果は、Fe5GeTe2で報告されている"強磁性転移温度より遥か低温に現れる奇妙な磁性の減衰"の起源に大きく関係していると思われます。

K. Yamagami, et al., 
The ligand field in low-crystallinity metal–organic frameworks investigated by soft X-ray core-level absorption spectroscopy
Phys. Chem. Chem. Phys. 24, 16680  (2022).
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/cp/d2cp01415g
図1.jpg

 遷移金属錯体中の遷移金属イオンの電子状態は周囲の非金属イオン(配位子)の電気的なポテンシャル(結晶場効果)や化学結合(軌道混成/電荷移動効果)を通じて制御することができます。この配位子からの効果、つまり、配位子場(Ligand Field: LF)を実験的に評価することは、新規な物理的・化学的特性の発現機構を実現する上で極めて重要な要素となります。結晶学的手法、紫外・赤外光学的手法、磁化測定などを用いることで結晶性錯体の遷移金属イオンの電子状態は議論されていますが、アモルファス状態を含む低結晶錯体に対する配位子場の解明は非常に困難であり、別視点からの分析手法が必要なります。本研究では、軟X線2p→3d内殻吸収分光法(L2,3-edge XAS)の長所である"局所的な電子状態を観測する"特性を用いて、低結晶錯体に埋もれている遷移金属イオンのLFを調べました。

 今回、対象としたのは低結晶シアノ架橋有機金属錯体 M[Ni(CN)4](MNiM = Mn, Fe, Co, Ni)とその類似物質 Ni[Pd(CN)4](NiPd)です。この物質群はゲスト分子吸脱着特性を有しており、その特性は窒素が配位した遷移金属(M)イオンによって制御されていることが明らかになっています[H. Yoshino, K. Yamagami, et al., Inorg. Chem. 60, 3338 (2021).]。そのため、窒素配位した遷移金属(M)イオンに対するLFが注目されています。LFを考慮したクラスターモデル計算によって観測したL2,3-edge XAS実験と比較した結果、NiNiNiPd では、正方形平面対称性を持つ窒素配位 Ni イオンが強い軌道混成と配位子-金属間電荷移動効果を有していることがわかりました。一方、MnNi, FeNi, CoNiでは、遷移金属-窒素の結合長の相関する結晶場効果が大切であることがわかりました。本研究からL2,3-edge XASは低結晶性錯体の機能性を特徴づける遷移金属イオンの元素固有の知識を理解するための強力なツールであることを実証し、吸脱着材料などの魅力あるプラットフォームの基礎を提供することができると期待しています。今後は他の低結晶錯体にも内殻吸収分光を適用することで、構造からでは見出せない遷移金属イオンのLFを実験的に調べていきます。

K. Yamagami, et al., 
Hard x-ray photoemission study on strain effect in LaNiO3 thin films
Appl. Phys. Lett. 118, 161601 (2021).
https://aip.scitation.org/doi/10.1063/5.0044047
図1.jpg

 遷移金属ペロブスカイト酸化物のRNiO3 は希土類元素(R)の種類を変えることで、金属-絶縁体転移温度を制御できます。この物性はナノサイズの厚さを持つ薄膜にしても存在しているため、ナノデバイス材料として注目されています。その一方で希土類元素R = LaであるLaNiO3は温度に依らず常磁性金属を示します。LaNiO3を絡めた多層膜構造のデバイスでは超伝導が発現する可能性に関する理論予測なども存在するため、成膜技術の発展によって実験的な検証が望まれています。その基盤となるLaNiO3薄膜について、薄膜成長させる基板を変えると、LaNiO3構造に応力歪みを加えることが出来ます。応力歪みが加えることでLaNiO3中の電子相関が変化するため、さまざまな応力歪みに対する電子状態変化の実験的な探索が求められていました。本研究では、試料表面の汚れなどを無視し、物質本来の電子状態を観測する硬X線光電子分光(HAXPES)を用いてLaAlO3, (LaAlO3)0.3(SrAl0.5Ta0.5O3)0.7, SrTiO3, DyScO3の4枚の基板上に成長したLaNiO3薄膜の電子状態を探りました。

伝導を担う電子が存在する価電子帯スペクトルを観測した結果(上図)、基板の応力歪みによって小さな変化を観測しました。そして、光電子スペクトルに対するX線光子エネルギー依存性や密度汎関数法を用いた理論解析することで、La 5p状態に占有する伝導電子が少なからず存在することも発見しました。この結果はペロブスカイトNi酸化物の伝導特性に対する希土類元素、特にLaの役目を理解する上でHAXPESは有用な実験手段であることが期待されます。そしてHAXPESによって、類似のニッケル酸化物超伝導体に含まれる希土類元素の電子状態の理解が加速すると期待しています。

K. Yamagami, et al., 
“Itinerant ferromagnetism mediated by giant spin polarization of metallic ligand band in van der Waals magnet Fe5GeTe2
Phys. Rev. B 103. L060403 (2021).
https://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.103.L060403
図1.png

 2010年のグラフェンに関するノーベル賞受賞以降、ファンデルワールス(vdW)力という弱い力によって積層された二次元結晶構造であるvdW化合物群に現れる磁性と遍歴電子との間の新しい相互作用の探索に関心が高まっており、vdW化合物の遍歴磁性の理解は特に重要な課題となっています。本研究は、vdW強磁性金属Fe5GeTe2に現れる長距離強磁性はスピン偏極した非磁性配位子を媒介することを分光学的に初めて証明しました。Fe5GeTe2は既存の金属系強磁性体の中で最も高い強磁性転移温度(~310 K=37℃)を持つことからスピントロニクナノデバイス材料として注目されています。

 電子状態を観測する角度分解光電子分光(ARPES)と元素別に磁気特性を観測するX線磁気円二色性(XMCD)の実験結果から重要かつ驚くべき発見として、非磁性配位子であるTe 5p軌道からの巨大なスピン偏極が観測されたことです。金属強磁性のメカニズムを理解するためには、磁性元素が主に注目されてきましたが、今回の発見は、金属強磁性の媒介には、スピン偏極した非磁性配位子の金属的な電子バンドが重要な役割を果たしていることを示唆しており、今後、このTe 5p軌道に注目して実験を進めていきます。

K. Yamagami, et al., 
“Localized character of charge excitations for La2−xSrxNiO4+δ revealed by oxygen K-edge resonant inelastic x-ray scattering”
Phys. Rev. B 102, 165145 (2020).
https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.102.165145
図1.png
​ キャリアとして正孔(ホールと呼びます)がドープされた層状ペロブスカイト遷移金属酸化物は高温超伝導や磁気抵抗効果、電荷/スピン秩序など多彩な物性を示します。ドープされたホールは遷移金属イオンの3d軌道と混成している酸素2p軌道に占有することが知られています。そのため、キャリアドープされた「ホール」を分光によって直接調べることは、微視的な視点から物性を理解する上で非常に重要です。本研究では銅酸化物高温超伝導体La2−xSrxCuO4と高い類似性があるにも関わらず、絶縁性を示すLa2−xSrxNiO4+δに対して酸素K端(1s→2p共鳴)共鳴非弾性X線散乱を用いて、電荷励起の視点から、ホールの性質を直接観測しました。
​ その結果、ホール由来の電荷励起は運動量(q
//)対して非常に小さな運動量依存性を持つことがわかりました。これは局在的な電荷励起であり、遍歴的な電荷励起を持つ
La2−xSrxCuO4とは対照的です。この局在性は強い電子-格子相互作用に由来すると考えられ、ホール由来の電荷励起の性質の違いはホールドープによって現れる電気特性と強く関連していると考えられます。
K. Yamagami, et al., 
“Local 3d electronic states of sulfur-coordinating Ni complexes probed by soft X-ray absorption spectroscopy”
JPS Conf. Proc. 30, 011176 (2020).
https://journals.jps.jp/doi/abs/10.7566/JPSCP.30.011176
Fig1.png
​ 遷移金属金属錯体はデザイン性豊かな配位子と機能性豊かな遷移金属イオンが配位することで、触媒や光誘起強磁性など、機能性材料として期待される物性を示す物質群です。そのため機能性発現元である遷移金属イオンの電子状態を正確に捉えることは物性起源の解明、機能性の向上、新物性の創成において非常に重要な情報元になります。そこで我々は分子構造を変えずに、酸化還元作用などの物性発現に重要な高スピンNi2+, 低スピンNi3+, 低スピンNi4+の多様な酸化状態を持つ3-アミノプロパネルチオレート(apt)を用いた硫黄六配位型Ni錯体 [Ni{Rh(apt)3}2](NO3)n (n = 2, 3, 4)[M. Kouno, K. Yamagamiet al., Angew. Chem. Int. Ed. 56, 13762 (2017)., K. Yamagami, et al., J. Phys. Commun. 3, 125008 (2019).]を用いて、軟X線吸収分光による遷移金属(Ni)イオンの電子状態を調べました。
​ その結果、試料の状態(結晶vs粉末)によってNiイオンの電子状態が異なることを見出しました。配位子場理論計算で得られた結果を用いて比較することで、特に、共有結合性に起因する配位子のp軌道とNiイオンの3d軌道の混成エネルギーが結晶試料では大きくなることが判明しました。これはNiイオンは結晶と粉末の状態によって化学結合の特徴が異なること意味しており、酸化還元反応や触媒といった化学特性に大きく影響するパラメータであると考えられます。
K. Yamagami, et al., 
“The prominent charge-transfer effects of trinuclear complexes with nominally high nickel valences”
J. Phys. Commun. 3, 125008 (2019).
https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2399-6528/ab5fab
​ 含硫黄配位子金属錯体は多様な酸化数(-2~+6)状態を示す硫黄配位子と遷移金属が配位することで、水素生成触媒や超イオン伝導など、機能性材料として期待される物性を示す物質群です。中でも、3-アミノプロパネルチオレート(apt)を用いた硫黄六配位型Ni錯体 [Ni{Rh(apt)3}2](NO3)n (n = 2, 3, 4)は、分子構造を変えずに、酸化還元作用などの物性発現に重要な高スピンNi2+, 低スピンNi3+, 低スピンNi4+の多様な酸化状態を持つため、硫黄六配位における遷移金属の電子状態を理解する上で、有効なモデル錯体です[M. Kouno, K. Yamagamiet al., Angew. Chem. Int. Ed. 56, 13762 (2017).]。含硫黄錯体の特異な物性を解明するには、硫黄と遷移金属との相互作用の理解が必要不可欠です。そこで、我々は軟X線吸収分光を用いてNiイオンの電子状態を直接調べました。
​ その結果、Niイオンは硫黄と共有結合性の強い電子状態だと判明しました。配位子場理論計算で得られた結果と比較することで、特に、Ni4+は酸素運搬機能を持つミオグロビンよりも配位子からNiイオンへ電子が移動するために必要なエネルギーが大きな負の値を持つことがわかりました。これは硫黄六配位において、電子移動に必要なエネルギーが触媒などの化学特性を生み出す上で重要な要素であると考えられます。本成果は含硫黄機能性錯体の新規合成および高機能化に向けた電子設計指針に貢献できると考えています。
K. Yamagami, et al., 
“Polarization-dependent X-ray photoemission spectroscopy for High-Tc cuprate superconductors”
Physica B: Condens. Matter 536, 843 (2018).
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0921452617306105
図1.png
​ 現在、大気圧下で最大の超伝導転移温度をもつ銅酸化物超伝導体は共通してCuO2で表される平面構造を持っています。超伝導現象を理解するため、平面内に伝導電子が広がるCuイオンのdx2-y2軌道が調べられてきましたが、平面に垂直に広がるd3z2-r2軌道の重要性が注目されています。そこで我々は直線偏光を持つX線を用いた光電子分光を行い、d3z2-r2軌道の直接観測を試みました。長年研究されている高い超伝導転移温度をもつBi2Sr2CaCu2O8 (Bi2212)を用いて実験した結果、Bi2212内の伝導電子はdx2-y2軌道が支配的に広がっており、d3z2-r2軌道の寄与は無視できるほど小さいことを実験的に明らかになりました。他の銅酸化物超伝導体へ同様に適用することでd3z2-r2軌道が超伝導現象に与える影響が明らかになると期待されます。
K. Yamagami, et al., 
“Local 3d Electronic Structures of Co-based Complexes with Medicinal Molecules Probed by Soft X-ray Absorption”
 J. Phys. Soc. Jpn. 86, 074801 (2017).
https://journals.jps.jp/doi/abs/10.7566/JPSJ.86.074801
図1.png

 金属解毒剤で知られるD-ペニシラミン(D-pen)を用いたCo錯体は触媒, 誘電性などを多様な物性を示す物質群として注目されています。中でも、Co錯体 [Co{Au(PPh3)(D-pen)}2]ClO4と[Co3{Au3(tdme)(D-pen)3}2]のCoイオンは同じ配位環境を持ちながらそれぞれ低スピン(LS)-Co3+状態、高スピン(HS)-Co2+状態であると示唆されています。我々はCo L2,3端XASからCoイオンの電子状態の直接観測を行い、分子構造からでは判明しない結晶場効果の詳細を探りました。その結果、CoはそれぞれLS-Co3+、HS-Co2+であることを実験的に突き止め、その電子状態はイオン的であることを明らかにしました。さらに、イオンモデル計算を用いて実験結果を再現した結果、Coの3d電子に対する結晶場分裂幅は[Co{Au(PPh3)(D-pen)}2]ClO4は3.0 eV、[Co3{Au3(tdme)(D-pen)3}2]は1.0 eVだと判明し、化学分析の結果をよく説明することができました。

 本研究を基盤にして触媒不活性として知られるLS-Co3+状態を持ちながらも触媒様反応を室温で示すCo錯体 [Co{Au2(dppe)(D-pen)2}]Cl2(dppe:1,2-bis(diphenylphosphino)ethane)に対してCo L2,3端XASを用いてCo 3d電子状態の表面/バルク分解観測を行いました。結果、表面に触媒活性であるHS-Co2+状態の存在を観測しました。その割合は表面全体の11 %であり、[Co3{Au3(tdme)(D-pen)3}2]と同程度の結晶場分裂であることを明らかにしました[M. Yamada, K. Yamagami, et al., Chem. Sci. 8, 2671 (2017).]。

bottom of page